AIと医薬品製造施設設計の未来
近年、人工知能(AI)の技術がめざましい進歩を見せています。研究や診断支援といった分野に加え、製造や施設設計といった、ものづくりの現場にもAIが活用されるようになってきました。AIは単に作業を自動化するツールではなく、設計者や品質管理の担当者、施設を運用する人たちにとって、今後意思決定を助けてくれる存在となることが期待されています。
今回は、医薬品製造施設の「設計」に焦点を当てて、AIがどのように活用されているのか、そして今後どんな可能性があるのかを、できるだけわかりやすく紹介していきます。また、世界の規制当局が示している最新の指針や公式文書もあわせて紹介します。
AIによる施設設計の進化
医薬品製造施設を設計する際には、さまざまな条件を満たす必要があります。たとえば、製造の流れをスムーズにすること、異物の混入を防ぐためのゾーン分け、清潔度に応じた部屋のランク設定、人と物の動線を分ける工夫などです。こうした設計には、熟練した設計者の知識や経験が不可欠でした。
近年では、AIを活用してこうした複雑な要素を分析し、設計の参考となる情報を得る取り組みも一部で始まっています。たとえば、材料や製品の移動経路をシステムが解析し、人や物の交差を最小限に抑えるための動線や部屋の配置を検討する、あるいは人の動きをセンサーで記録して、作業者の負担軽減に役立つ空間構成を模索するといった使い方が挙げられます。これらは、将来的なゾーニング設計の高度化に向けた試みの一つと言えるでしょう。
さらに、製造設備の配置についても、AIを応用した設計支援の研究が進められています。たとえば、タンクや混合装置などの大型設備のレイアウトについて、作業者の移動距離や配管の効率性、他の設備との干渉などを評価しながら、設計案を比較・検討する取り組みが模索されています。
また、製造ラインの追加や変更が将来発生することを想定し、AIやシミュレーション技術を活用して、その影響をあらかじめ検証する取り組みも始まりつつあります。こうした技術が実用化されれば、設計レビューの効率化や長期的な施設運用計画の精度向上が期待されます。
AIをめぐる規制の動き
AIを使った設計はとても便利ですが、医薬品の製造では「GMP」と呼ばれる厳しいルールを守る必要があります。そのため、AIが出した設計案が「なぜそれが最適なのか」「どんな根拠があるのか」を、きちんと説明できることが求められます。
実際、アメリカのFDA(食品医薬品局)は2025年に「AIモデルの信頼性を評価するための枠組み(AI Model Output Credibility Framework)」を提案し、7つのステップでAIの信頼性をチェックする方法を示しています。 → ガイダンス原文(英語)
また、WHO(世界保健機関)も2023年にAI活用に関する報告書を出し、AIの公平性や透明性、再現性の大切さについて述べています。 → WHO報告書(英語)
こうした動きからも、AIの力を活かしつつ、規制にもしっかり対応していくことの重要性が伝わってきます。
とはいえ、こうした枠組みはあくまで「評価の考え方」を整理したものにとどまっており、AIの急速な進化にはまだ十分に追いついているとは言えません。特に、生成AIや継続学習型のモデルといった最新技術に対しては、具体的な対応策や実務的なガイドラインまでは、現時点では示されていないのが現状です。つまり、規制当局もAIの信頼性確保に本腰を入れ始めているものの、現場での活用にあたっては引き続き慎重な判断と柔軟な運用が求められているということになります。
注意しておきたいこと
もちろん、AIを使えばすべてうまくいくわけではありません。まず第一に、AIは過去のデータをもとに判断するため、そのデータの質や内容が適切でなければ、実際のニーズに合わない提案をしてしまうこともあります。たとえは、築年数の経った既存の医薬品製造施設のデータを参照してAIが推奨した案が、最新のレギュレーションや規制要求事項を満たしていないというケースはあり得ます。そのため、使用する学習データやモデルに対しては最新の法規や運用実態に即した内容を反映させることが重要です。
また、最終的な判断はやはり人間が下すべきです。たとえばゾーニングでは現場の細かな作業内容や文化的な習慣など、数字だけではわからない部分も多くあります。AIの提案はあくまで参考情報として受け止め、人の知識や経験と組み合わせて使うことが大切です。
おわりに
AIは、設計者の代わりになるものではなく、将来的に設計者の「良き相棒」として、よりよい施設をつくるためのサポートをしてくれる存在になると期待されています。複雑な条件を分析する支援ツールとしてのAIの力は、今後さらに注目され、検討が進んでいくことでしょう。
その一方で、AIを使いこなすためには、企業側でのデータの整理や、設計に関わる人たちの知識・スキルの向上も欠かせません。AIを利用して生成された図面やデータが実際の施設建設にそのまま適用できるかどうかを見極めるには、経験に裏打ちされた判断力が必要です。そうした局面では、平原エンジニアリングサービスが培ってきた医薬品製造施設に特化したエンジニアリング力が真価を発揮します。ぜひお気軽にご相談ください。